2026-06-18

Altman の本音——「AI による解雇」の半分は演出だ

AI を誰よりも声高に売り込んできた当人が、先日うっかり本音を漏らした。

インドの AI Impact Summit で、Sam Altman は CNBC-TV18 のカメラに向かって、多くの人が内心わかっていながら誰も口にしようとしなかったことを言った。「正確な割合はわからないが、確かにいくらかの AI washing は存在する。もともとやるつもりだった解雇を AI のせいにしている企業もある。もちろん、AI が本当に特定の職を置き換えたケースもある」。

AI washing という言葉を訳すなら「AI に便乗した粉飾」あたりだろう。つまりこういうことだ——解雇の本当の理由は過剰採用だったり、利益の悪化だったり、組織の肥大化だったりする。だが対外的には「我々は AI で効率化しているので、これほどの人員は要らなくなった」と一言添えるだけで、話の質感が一変する。「経営に問題があった」が「我々は未来を抱きしめている」に変わるのだ。切られるのは同じ顔ぶれなのに、物語の体裁はまるで別物になる。

しかもこれを認めたのが、よりによって世界で最も「AI はすべてを変える」とあなたに信じてほしい人物なのである。ここが面白い。

「AI」は完璧な目隠しだ

なぜこれほど多くの企業が、解雇を AI のせいにしたがるのか。それは「AI」が今いちばん使い勝手のいいナラティブだからだ。

決算の場で数千の職を削るのは、冷たく、ネガティブに読まれやすい動きだ。投資家はこう問う——成長が鈍ったのか? 当時採りすぎたのか? 経営判断のミスか? どれも答えにくい質問だ。ところが同じ動きを「AI 変革のための再編」と包み直せば、ナラティブは一瞬で反転する。CEO は後始末に追われる人ではなく、未来に果敢に賭ける人になる。株価がそれで少し上がることさえある。

もっと生々しい層はカネだ。2026 年、テック大手が AI インフラに投じる設備投資は天文学的で、7000 億ドルという桁になる。この資金はどこかから捻出しなければならない。最も手っ取り早い出どころは人件費だ。こうして「人を削って演算資源を養う」が業界の既定動作になり、「AI のおかげで効率が上がった」がその動きにちょうどいい前向きな理由を与える。削るのは給料、語るのは未来、というわけだ。

GitLab は「agentic AI 時代」に向けて再編し、数十か国から撤退した。AI agent を投入した翌日に解雇を発表した企業も一定数ある。これらの動きのうち、どれだけが本当に AI が引き継げるようになったからで、どれだけが前々から身軽になりたくて体裁のいいタイミングを待っていただけなのか。Altman は事実上この問いに判子を押した——相当な部分は、後者だ、と。

そして彼は「失業の波は来なかった」と言い直す

AI washing の一言だけなら、これは業界のゴシップにとどまる。これを本当に考えるに値するものにしたのは、Altman が数か月後に放ったもう一つの発言だ。

彼は「予想が外れて嬉しい」と言った。彼が最も恐れていたシナリオ——AI が大規模かつ急速に仕事を消し去る——は起きなかった、と。当初の「ホワイトカラーが一括で置き換えられる」というパニックのナラティブは、今に至るまでデータとして実現していない。

二つの発言を重ねて見ると、絵が歪んでくる。一方では、2026 年に十数万のテック職が AI の名のもとに消え、毎日およそ千人が職を失っている。他方では、その流れを推し進めた当人がこう言う——多くの解雇は AI とは関係ない、しかも自分が当初恐れていた AI 失業の波は実のところ来なかった、と。

では、その十数万人はいったい何によって切られたのか。Altman 自身の口ぶりに従えば、答えはおそらく「AI が強すぎたから」ではなく、「会社が切りたかった、AI は格好の口実だった」だ。

AI washing は両刃の刀だ

この件のややこしさは、AI washing が二つの方向で同時に人を欺いている点にある。

対外的には、それは今この瞬間の AI の能力を過大評価させる。「我々は AI で X 人を削減した」というニュースの一本一本が、「AI はもうこの仕事を独力でこなせる」という印象を強化していく。だが現実には、agent が本物のオフィス業務で出すエラー率はかなり高く、無人で職務を肩代わりできる水準には程遠い。切られた人も、まだ職にある人も、これによって AI の実力を見誤る。

対内的には、それは杜撰な経営判断を粉飾する。過剰拡大、方向のぶれ、コスト管理の失敗——本来は誰かが責任を負うべき問題が、「AI 変革」の一言で軽く流される。当時採りすぎたことの責任を誰も負わなくていい。なぜなら今の物語は「我々はアップグレードしている」だからだ。

自分の業界が「AI で再編」されていくのを目の当たりにしている人——たとえばプロダクトマネージャー——にとって、この件の使い道はわかりやすい。「某社が AI で某職を置き換えた」という報せを見たら、慌てて不安になる前に、慌てて信じる前に、一拍置くことだ。それは技術が本当に進歩した結果かもしれないし、決算のプレッシャーに AI の殻をかぶせただけかもしれない。Altman はもうあなたに告げている——この二つは今や混ざり合っていて、しかも後者が少なくない、と。

判断

AI が雇用に与える衝撃は本物だ。だがそれはこの一連のナラティブによって増幅されている。そして増幅している側には、AI に置き換えられるのを恐れる労働者も、AI に責任を負わせて喜ぶ経営層もいる。前者は脅威を過大評価し、後者はその過大評価を利用する。

最も警戒すべきは「AI に仕事を奪われるか」ではなく、「AI」が万能の説明装置になりつつあることだ。誰でもそれをかぶせられ、かぶせた途端に誰も本当の原因を掘り下げなくなる。AI の威力を煽る動機を最も持つはずの Altman ですら、出てきてブレーキを踏み、大げさだ、濫用されていると言う——それ自体が一つのシグナルだ。売り手までが「あまり真に受けるな」と諭しはじめたなら、音量を少し下げ、見出しではなく自分でデータを見るべきだ。

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